倉敷・広島の旅(5)

広島(1)平和記念公園

 広島に15:30に着。駅からタクシーに乗り、一路平和記念公園へ。なかなか味のあるタクシーの運転手でした。「え、お客さん、青春18ですか? やりますね。18って年じゃないでしょう」などと笑わせてくれました(青春18きっぷに年齢制限はありません、ねんのため)。
 3度目の訪問となる、平和記念公園
 平和記念資料館の直方体の本館が宙に浮くかのようなかたちで出迎えます。様々な国からヒトが訪れていることが分かる。音声ガイドも十七カ国語が用意されています。入場料は大人50円。無料ではなく、かといって500円と言った額でもない。奥深い値段設定です。
 さて、ここで、ちょっと3人で検討。この地の訪問を熱望していた、義理の妹は当然、入場します。しかし、かみさんは自分の健康状態を考えて、入場したくないとのこと。義理の妹にあれこれ説明するガイドの役割をするのか、それとも一人でいることが嫌だというかみさんに寄り添うのか。……まあ、いささかの逡巡があって、結局、妹一人、平和記念資料館に行き、私とかみさんとはその間、コーヒーでも飲んで時間をつぶすこととなりました。
 平和記念公園の通りをはさんで南にある、レストランへと行く。2階に上がり、「コーヒーだけだけど、いいですか?」と尋ねる(私たちの後からも2組ばかり、同じ質問をしていました。平和記念公園を訪れるものにとって一息入れるに、格好の場所にあるようです)。窓際の席に座る。平和記念公園が見下ろされる眺めの良いところです。街路樹も目の高さのところに、よく生い茂り、気持ちがよい。
 一時間を過ごし、再び平和記念公園へ。埴輪の家型をした原爆死没者慰霊碑の前に立ちます。「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」との碑文を目にします。慰霊碑からは平和の灯と原爆ドームとが覗かれる。
 原爆の子の像の下へと散策しながら移動する。無数の折り鶴が捧げられている。折り鶴に込められた願いを、願いをこめて折り鶴を折るということを、かみさんに伝える良い機会となりました。金の折鶴の鐘がかわいらしい。鐘を鳴らします。
 平和記念公園にはいくつもの記念碑が建ち、平和への祈りの重さや大きさがひしひしと伝わってきます。
 なかなか出てこぬ妹を待つことそれからさらに一時間。ようやく資料館から姿を出す。
「本当にこんなことってあったのかな。あっていいのかな」と彼女はつぶやきます。
 3人で並び、原爆ドームへと進みます。元安川に面し、原爆ドームが建っている。川の緩やかな流れ、楕円形のドームの露わになった骨組み、なだらかな壁の崩れていきよう。それは、原爆投下という目も背けたくなるような事実を表す負のシンボルであるにしても、芸術作品として完成された廃墟でした。抗しがたい魅力を感じずにはいられませんでした。
 近くに進み、比較的新しい鉄柱によって、効果的に支えられている様子が見て取れました。壊れている状態を維持するために修復する、という奇妙な営み。
 ぐるりと原爆ドームを回っている途中、不意に涙があふれて、あふれて止まらなくなりました。涙の理由が自分でもはっきりとは分からない。分からないけれど、それでも次のような思いを新たにしました。今なお私たちは戦わない戦いを戦っていかなければならないのだ、と。